第二次大戦後の区画整理でできた「環状3号線」の一部として整備された。この地にあった松平播磨守の上屋敷にちなみ、播磨坂と名付けられた。1960年(昭和35)に坂の舗装が行われたが、当時の、花を植える運動の一つとして桜の木約150本が植えられ地元の人々の手で育てられ立派な桜並木に成長した。また、中央部は緑道として整備され、憩いの場となっている。

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